なんとなくブルーな夜に

芸能人の死は、ミーハーに思われるのも嫌だから、いつも何となく見ないように触れないようにしていて。

耳に入ることで勿論ショックは受けるんだけども、なるべく目を向けないようにして、その場から早く遠ざかるようにしていた。

 

けど、今回の上島竜兵の件は、ちょっと寂しさを押し込むことができなかった。

めちゃくちゃ好きな芸人でも無かったけど、キャラになんとなく影の部分も感じていて、それが魅力だったし、自分に投影してみることもたまにあったから、今回の件も、他人事とは思えないような気もしていた。

 

原因についていろいろ憶測を語るのは野暮だと思うんだけど、他の人も言っている通り、やっぱり人間の二面性について深く考えてしまう。

 

自分も、そのような選択をする可能性がゼロではないだろう。と思う。

 

例えば僕は今、転職して間もない、というストレスにさらされてはいるが。

前の職場の方が楽で安定していて、世間的にもホワイト企業のような見られ方をしていたけど、精神を病んで休職している人も多かったですからね。

以前、前の会社から別の組織に出向して超激務を強いられた人が、帰任してきた際に言っていた言葉で「精神的には今の職場の方がきつい」と言っていたのも、あながち嘘じゃないんだと思った。

 

これが不思議なんですよね。

待遇も悪くないし、仕事も面白いし、周りの人も良い人ばかりなのに、なぜか気を病んでしまう。

自分も、病みはしなかったけど、今考えると、あのストレスは戻りたくないなぁと思ってしまったりする。

なんか、一種の村社会だから、色々な人の目を気にしながら生きていかないといけなかったり、狭いコミュニティで覇権争いがあったり。

中学生のような発想が、そのまま延長してまかり通っているんですよね。

 

その点では、今の職場は周りが優秀すぎて辛いし、しかしながら結果出していかないといけない重責も感じているんだけど、変な覇権争いや、偉い人の顔色を見ながら仕事するストレスは無いんですよね。

だから、知らないだけかもしれないけど、休職している人もそんなにいないと思うし。

 

で、色々と書いてきたけど、何が言いたかったかというと、結局周りから見えていることと、当人から見えている視点は全く違うということ。

 

だから、自分がどうしようもなくなってしまう、その前に。

自分は自分の状態を把握しておかないといけないし、常に逃げ方を考えておかないといけない。

逃げることは、決して悪いことではない。

 

大切なのは、健やかな心を保つこと。健やかな身体を保つこと。そして困らないくらいの収入があること。

その上に初めて充実した仕事があって、結果として充実したプライベートが持てる。という。

これは2008年、今から14年前の25歳の頃の自分が考えていたことなんですが。

 

でもその頃のメモを見返すと、びっくりするくらい今と悩みが変わってないんだよなぁ。

自分には強みがないと嘆いているのは、今も全く変わっていない。

ただ、その場その場で、分からないながらも成果出してきたつもり。

間違いなく今の自分は昔の自分と比べて自信もついているし、今の職場で身につけていることは自身をアップデートできていると感じている。

そうやって前向きに生きていけば、希望を失わずに進んでいけるのかもしれない。

 

心を穏やかに保って、進みたい方向を定めて、粛々と進んでいけば良い。