1ヶ月後の僕を思う

今日は、仙台で商談会があり、久々に9時半に家に着いた。

飲み会で少しご飯を食べたんだけど、一人飲み。

最近はこれが日課になっちゃってる。

 

人間は弱い生き物で、そばに誰かいないとすぐに寂しがり、何かを頼るようになってしまう。

僕の場合も、完全な寂しさからくるアルコール。

 

でも、こんな生活も、多分あと10日たらずで変わってしまうのだろう。

 

子供が、生まれてくる。

 

このインパクトたるや、凄まじい。

 

僕ら夫婦は、これまで単純に「仲の良い男女」の関係を保ってきた。

けど、これからは違う。

「子供を育てるという責任のもとに、二人は存在するべき」なのである。

 

だから、主語が違う。

 

でね、これがどう、自分の人生に影響してくるかは分からない。

 

今日、支店の人と話してて。

かたや、大学生の息子がいるから、あとちょっと!みたいな人もいれば、

自分はガキは作らないから夫婦で単身赴任がてら移り住んでる、みたいな人もいて。

 

子供のいない人生なんて退屈そのもの、

なんていう人もいるけど。

僕は、此の期に及んで、子供のいない人生も満喫できるんじゃないかと思ったりする。

要は、子供がいれば勿論新体験なんだけど。

子供がいなくて自由気ままな過ごし方なんて、子供がいればできないわけで、それもそれで新体験。

もっと言えば、生涯独身だって新体験。

離婚してシングルマザーでも新体験。

 

人生に貴賤はない。

なんてここまで書いてきて、あれ?一体なんの話題だっけ?と思ったら、子供が生まれてくる話だった。

 

正直、もう、どうして接して良いのか分からない。

あまのじゃくで、ひねくれ者で、人見知りでシャイな僕なので。

対面した時にどんな声をかけて、これからどう育てていいのか分からない。

しかも同性だから、さらにこそばゆい。

 

まぁ、こちらも、向こうも、もじもじしながら出てくるんだろうな。

それで、間を取りながら微妙に仲良くなって。

 

 

でも僕は、父としてこれだけはやっておきたいということもあって。

それもものすごくたくさんあって。

・何でもいいからスポーツした方がいい

・音楽は素晴らしい

・ご飯は一粒残さず食べる

・いただきます、ごちそうさまでしたは絶対

・脱ぎっぱなしはNG

とかね。

 

いずれにせよ、この大きな直面に差し掛かって、未だに実感ない。

 

 

Happy New Era

年末は10連休だったのにも関わらず、すごく忙しかった。

何故なら、1/4に引っ越しだったからだ。

 

12/28-12/30は妻の実家の高崎に、12/31-1/2は実家の福岡に、で、帰って来て引っ越し。

もちろん、それぞれの実家ではゆっくりできたんだけど、ゆっくりできないんですよね。結局。

向こうは向こうで、話したいことがあるし、こっちも暇は嫌だからなんかしたくなっちゃうし。

結局、休みなのにあくせくして、あんまし気が休まらないまま、引っ越しへ。

荷造り・荷ほどき・近所挨拶、色々あって結局、ほぼ1/4-1/6は休めず。

そのまま仕事で、今週末だったんだけど。

 

なんか、前の住所にいた時は完全に生活のパターンというか、自分の気持ちの良いゾーンを知り尽くしてたから、そんな完成された状況から一気にゼロスタートいうのはなかなか精神的にも休まらず。

とにかく、一刻も早く新しい土地で自分の居場所、というか気持ちの良いゾーンを見つけ出そうと四苦八苦してるわけです。

 

やっぱり、自分はなんだかんだ言って保守的で。

すぐに心がざわついてしまうから、なるべく日常は自分の心に波風を立てたくない。

 

極力プライベートからイレギュラーを排除しようとしていて。

着るものも、行く場所も、食べる場所も、なんとなく自分の安心感があるところ。

 

だから、まずはそれを一刻も早く確立したいわけです。

 

まぁ、そんなこと言っても、ここは終の住処。

一軒家を買ってしまったわけなので。

 

ぶっちゃけ、未だにあまり実感がないんだよなぁ。

中学から家を出て、あんまし定住したことがないから、なおさら実感がない。

けど、個人的には、終の住処に資する物件を買ったつもりだし、結構人に自慢できる建物だと思うし、初めての土地だけどなんとなく愛着も湧きそうな気がする。

 

住めば都。と言うけれど。

だったらどこでもいいの?というと、そういう訳でもない訳で。

打算も計算も何もなく、直感だけだったけど。

 

家を買う時は、何千万ものお金を払うし、その後ベッド買って、住設買って、車買ってなんてやってると金銭感覚が狂ってしまう。

日頃、10円の差額で飲料を買うのをケチってしまうのに、この場面ではやたらと気が大きくなるのか、想像力が働いていないのか。

いずれにせよ、大金をはたく時の思い切りというか、緊張感は全くなかった。

むしろ、これまで賃貸で家賃をドブに捨ててたものが、ようやく生きた金に変わるとか思ったくらい。

 

家を買った高揚感も無かったし、後悔や不安も無かった。

 

妻が妊娠して、実家が高崎で、今の賃貸(借り上げ社宅)の家が1年後には5万円負担増になって、とかもうタイミング的に今しかなかったので、必然的に決めるしかなった。

そこは結構、自分でもドライなんだなぁと、今気づいた。

理詰めで考えてすんなり決まった好パターン。

正直、結果は分からないけど、まぁ良いんじゃなかろうか。

 

色々後悔することもあるかもしれないけど、家なんてそんなもんでしょう。

じゃなきゃ、みんな都会や駅近くに住むよ。

皆、ここに住んでる理由がある。

僕はここに住む理由が、何かある。はず。

Kitaurawa era

思い返せば、上京して18年が経った。

12歳までを福岡で過ごし、6年間を鹿児島、その後結局一番長く過ごしているのが、この東京になってしまった。

そして上京して、7回目の引越し。

ついに、さいたまに居を構える事になった。

 

2001-2002 Denenchofu

上京して、確か7万円ちょいの家賃のワンルーム。一軒家の3階を間借りしたような部屋。

屋根が斜めっていて、床が絨毯。今でも詳細にその作りを思い出す。

腐ってたなぁ・・・

家の目の前のローソンで、なけなしの金でタバコ買ってたな。

 

2002-2006 Ohokayama

9万円のワンルーム。鉄筋でオートロック付き。2階だけど1階という作り。

とある宗教に追い回されてたからセキュリティ重視。

この時も好き勝手やってたな。

ベランダがなくて、備え付けの乾燥機使ってたから電気代が半端なかった。

 

2006-2010 Hatagaya 

家賃8万5千円程度で、鉄筋のワンルーム。確か3階。

社会人で最も楽しかった時期。

会社の先輩や、どこかでナンパした女の子なんかが来ていた。

なぜかこの部屋も絨毯だった。細長い部屋だったな。

 

2010-2012 Matsubara-Danchi

家賃5万円ちょいの木造ワンルーム。2階。目の前がリンガーハット

会社の上司の勧めで、埼玉県へ。

この時、本当に金が無かったから、家賃を下げればこんなに楽になるとは思ってなかった。

そしてこの埼玉ののんびりした雰囲気が好きになった。

近所の公民館で、ボランティアで塾をやったりして。精神的な安定はこの頃からかもしれない。

 

2012-2014 Urawa

家賃12万ちょい、1LDK。3階。

結婚して初の住処も埼玉にした。

嫁の実家に少しでも近く、草加に通う用事もあり、治安もそこそこ良いということでここしか選択肢が無かった。

パルコのすぐ裏で、広々とした雰囲気が好きだった。

 

2014-2018 Kaminoge

家賃15万だけど会社補助で10万。1LDK、3階。

転職に伴い移転。通勤のしやすさから大井町線で探した結果たどり着いた。

住んでみて、二子玉も自由が丘も近いし、多摩川駒沢公園九品仏も近いし、良い銭湯や美味しいお店もあるし。

住むには本当に最高の場所だった。

けど、周りは高級車ばっかりだし、やっぱり少しでも嫁の実家に近い方が良かった。

 

2019- Kitaurawa

家を購入。

徒歩16分のため非常に懸念しているが、周りの雰囲気はとても良い。

どうなるかな・・・

 

先のことなんて考えたって仕方ないんだけど

子供が生まれるのと、同じタイミングで家を買おうと思っている。

これまで散々探してきたけど、なかなか見つからなかった家。

今のタイミングでひょっこり出てきてしまった。

 

35年ローンを組む、となると否が応でも色々考えてしまう。

あと35年後は、僕は71歳だ。

それまでおそらく住み続けるであろう家。

大金を払って買う家だけど、お金のことは、実はあまり実感がない。

どうせ家賃を払い続けるわけだし、生きていく以上はしょうがない。

 

それよりも、それだけ働き続けないといけないかもしれないことの方が怖い。

働き続けるのは良いんだけど、馬車馬のようにこき使われながら、日々プレッシャーを感じて生きるのが耐えられるのか。

今は、いつか抜け出せる日が来ると思って、がむしゃらに頑張ることもできるんだけど、どこかで緊張の糸が切れて、そんな頑張りが効かなくなる日が来るかもしれない。

 

アスリートが現役を引退するような、そんな日が、サラリーマンの僕にも来るかもしれなくて、それが実は55歳くらいかもしれない。

この前の健康診断で、肝機能と中性脂肪でB判定が出てたけど。

僕が体を壊したら、本当にやばい。家族が路頭に迷う。けど、お酒は飲みたい。

 

そんなことを考えつつ、今の仕事についてもふと思う。

 

この前、サウナに入ってたら隣の人たちが、どこかのネットショップの運営か何かをやってる人みたいで。

休日の昼間なのに、嬉々として仕事のことを話し込んでいた。

本当に、仕事が好きなんだろうなと思う。

IT系の人達って、なんか羨ましい。

 

僕は、思い返せば最初の会社が一番好きだったかもしれない。

メインストリートじゃなくて、サブカルチャーな感じが、当時のインターネット業界にはあって。

大学も出てないけど、めちゃくちゃ凄い技術を持ったデザイナーがいて。

なんでそんな技術があるのか?と聞くと、独学で勉強した。とか。

そもそも、デザイナーやる前は、合法ハーブの販売やってました。とか。

僕も、まともに就職できなかったクチなので。

勝手に、カウンターカルチャーだと思っていた。

 

そんなこんなで何回か転職して、綺麗に大企業のサラリーマンになってしまっているのだから面白い。

結局、王道って心地良いよねって。

バリバリ尖ったファッションを愛好していた奴が、子供できた途端にユニクロしか買ってないとか。

 

結局、何でこうなったんだろうって結果と原因は因果関係にあるわけで。

僕はずっとメインストリームに憧れていて、でも反発することでしかアイデンティティを示すことができなかった。

それが今では、上司の顔色をひたすら伺う日々である。

 

俺はつくづく、臆病者だ。

 

keep on comfort

最近、土日も仕事のことが頭から離れない。

休日のどちらかは、必ず喫茶店で仕事をし、一週間分の残務をこなす。

こんな日々を送っていたら、いつの間にか周りから「顔が疲れている」と言われるようになった。

 

この大きな原因は、単純に飲み会が続いた疲労もあるのかもしれないが、

最近夜中目が覚めるのも、その一因である気がする。

何故、目が覚めてしまうのか、仕事のストレスなのか、それ以外(子供のことや家の事)なのか。

いずれにしても、最近、疲労困憊している気がする。

 

部屋を片付けることも億劫になり、習慣化しようと思っていたことも頓挫し、ブログもあまり書かなくなった。

今日なんて、何かずっとイライラしていたし、心を鎮めようと近所の寺に向かうも、反対の電車に乗ってしまって結局閉門で中に入れなかった。

 

心を落ち着かせる方法は知っている。

テクノのような単調な音楽を聴き、自分の心に声を傾けてみる。

欲しいものがあれば、それを検索したり、気が散ったらゲームをしても良い。

深呼吸して、考えを遠くに飛ばす。

要は、「一人で居ること」「内にこもること」が重要なのだ。

 

僕はどちらかと言えば内向的なので、外に開かれた自分は、それだけで気が張る。

 

だから、休日はなるべく一人で居たい。

全てが無理なら、3時間くらいは一人にしてほしい。

茶店に行くでも良い、自分の部屋があれば、そこに閉じこもるのでも良い。

僕は、自分の部屋が欲しい。

けれど、今の1LDKの家は、常に妻と一緒だ。

これで子供までできたら大変だ。

 

だから僕は、家が欲しい。

4LDKで、できれば自分の空間も欲しい。

それで家を探してるんだけど、なかなか見つからない。

 

家のローンの相談に行き、合わせてライフプランニングもしてもらう。

すると、色々クリアになる。

自分が働き続けないといけないこと、子供はせいぜい2人までしか持てないこと、買える家の金額もある程度分かること、妻もある程度までは働く必要があること、住宅ローンの利率が非常に重要であること、保険の意味、どのくらい年金がもらえるか、̪死を現実として受け止めること。

自分の人生は有限で、守るべきものははっきりしていて、仕事の理由もはっきりしてくる。

だから、買う家もかなり重要になってくる。

一生住む覚悟で買う。今の仕事も、一生勤め上げる覚悟で居る。

そんなことが分かってくる。

 

そうなると、本当に自分の健康は重要。

いかにストレスを溜めないか、平常の心を持てるか。

これは本当に、自分の人生で重要だと思う。いかに気持ちの良い時間を過ごせるか。

その為に、お金をかけるのは正解だ。

 

何となくライフプランを考えると、お金を使うことが怖くなるんだけど。

無駄遣いだってストレス発散には必要。

その前に、必要なものを買うのは、当然ながら必要。

 

Keep on comfort、いかに心地よさを続けるか。

それが僕のこれからの人生の、重要なテーマだ。

もはや中年

先週末、割とショックな事件があった。

仕事ではあんまし絡んだことなかったけど、社内では有名な人。

56歳だったと思う。

 

56歳って、思ってたよりすぐに来る。

後20年後。

僕の子供も20歳になってる。

まだ大学生で学費もかかる。

 

まだまだ働かないといけない。

60歳くらいまでは。

でも、もう55歳くらいからは少しは余裕のある暮らしがしたい。

あくせくせず、精神的な余裕を持ちたい。

 

僕はこれまで、決断せずに生きてきた。

けど、人生を決めるのは小さな決断の積み重ねだ。

何が食べたい、何をしたい、どうしたい、どう生きたい。

 

仕事に追われる日々だけど、仕事は楽しい。

辛いけど楽しい。

でも、これを55歳まで続けるのは辛い。

 

あと20年後、30年後。

世の中はどう変わっているのだろう。

1998年から、1988年から、2018年の現在、随分世界は変わった。

 

老人ばかりの国で、外国人労働者が増える?

東京の人口ばかりが増え、地方はますます過疎化する?

それとも、東京に地震が来て本社機能を地方に分散する会社が増える?

景気は悪くなる?中国リスク高まる?北朝鮮が開国して資本が流れ込む?

 

未来は予測でしかない。

先手は博打でしかない。

けど、博打を打つ決断も、時には必要なのかもしれない。

仕事について考える

先週末、久々に体調が悪かった。

おそらく、フェスで体を酷使した後、そのまま仕事に復帰したことや、連日の飲み会などが祟ったのだろう。

低血糖症の激しい症状が襲い掛かってきて、めまいと吐き気と眠気が酷かった。

同僚にも「疲れてませんか?」と言われるくらい。

自分でも、さすがに無理してたんだろうなと思う。

それでも金曜夜は飲みに出かけ、飲んだら飲んだで体調が回復するという。

 

フェスに行って、感動もしたし大量の汗もかいてリフレッシュしたんだけど、でも日常はあるわけで。

仕事の悩みは尽きないし、それがきっかけで漠然とした不安が常に自分を取り巻いている。

こういう状況って非常に良くないんだけど、じゃあそれをスッキリさせるには、自分が納得行くまで仕事するしかないというジレンマもある。

仕事に集中している時は気持ちが良いし、何か資料などできれば達成感もある。

 

僕は結局、人間がいきいきと生活するためには「仕事」が必要なんだと思う。

うちの婆ちゃんは、僕が小さい頃に過剰なまでに食事を作り、掃除をし、家事をしていた。

爺ちゃんも、僕に過剰なまで勉強を教えていた。

二人とも、僕ら子どもが大きくなって、育児から退いた途端、老けてしまったように思う。

うちの母さんもそう。孫の世話と犬の世話が楽しくてしょうがない。

 

「束縛とは最大の自由である」とは誰が言ったか分からないが、結局「自由」は「自由」の中に居れば見つけることができない。

暗闇があるから光を見つけることが出来るように、束縛が無ければ自由を見つけることはできない。

僕が例えば明日から仕事を辞めて、お金ももらえて自由になったとする。

それはそれで楽しいかもしれないが、生きている実感は乏しくなるのかもしれない。

 

話が少し逸れてしまったが、仕事をする中でしか、自由は見つけられない気もする。

問題は、その「仕事」の中身だ。

 

竹原ピストルの歌に次のような歌詞がある。

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仕事を終えたあなたに向けて ぼくは仕事を始める

今日一日の幕が下りて ステージの幕が下がる

喜びが歌を呼び 歌が歌う喜びを呼ぶ

あなたがいてくれる限り ぼくは限りない

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自分の仕事は誰かの役に立っていて、誰かの仕事が自分を支えている。

その上で、自分の仕事を求めている人が居る限りは、自分が仕事をする意味がある。

 

胸張って仕事をしていこう。

僕は僕の職務を全うすることを、周りは求めているのだから。