LIFE is hard だけど happy

最近、たまに転職を考えるようになった。

 

親会社に出向して2年になるけど、仕事のスケールが違い過ぎて、この感覚に慣れてしまうと元の会社がどうしても中小企業に感じてしまう。

同じ仕事してても、給料は2割くらい違うし。

もちろん優秀な社員が多いんだけど、一方でこいつなら勝てるっていうレベルの社員もいる。

 

そんな事を薄っすら考えていた時に、丁度中途採用の面接をする機会があった。

やっぱり僕みたいに、グループ会社から親会社に転籍したい人がいて、そんな人も受けに来てたんだけど・・・

 

この話は一旦置いておいて。

 

別の機会に上司と将来のキャリアについて話す機会があった。

そこで、それとなしに親会社に転籍したい、みたいな事を言ったら即答で「受からない」と言われた。

 

まあ、これはショックとかそういうのではなくて。

上司は僕のことをすごく評価してくれているし、スキルや実績が理由ではない事はすぐに分かった。

中途採用の面接をしていて、薄っすら気づいていたんだけど、グループ会社の社員は受からない。

それは、構造的な問題だと気づいた。

 

親会社は、子会社の社員を割安に使いたい。

し、僕も採用面接していて、やっぱり外部の風を取り入れたい。

中途採用で、わざわざグループの社員を入れる理由が無い。

 

それに気づいた時に、ある種の絶望感もあったんだけど。

そんなこんなで転職という選択肢が頭をよぎった。

 

でも、その事を嫁に話すと、今は転職するのはやめてほしいと言われた。

子供が小さくて、嫁も職場復帰していないので、今は無理だと。

それと、何となく僕の転職構想が、そこまで本気で無い事も見透かされていたのだろう。

 

それも、そう思った。

中途採用は、本当にこれまでやってきた事と、その企業がほしい物が合致しないと成立しない。

本気で転職したいのならば、そういった企業を探したり、必要なスキルを磨くはず。

僕はそんなでも無い。

 

じゃあどうしよっかなー、なんて考えていて、今僕は休暇を取って日光に来ている。

 

子供と嫁の3人で、はじめての二泊三日の旅。

大変だけど、楽しい。

そこそこ高級な宿に泊まって、美味しい食事に舌鼓をうち、温泉に浸かって露天風呂から風に当たる。

美味しい空気を吸って吐いて、写真のような絶景と活き活きとした植物が眼前にある。

お寺に行ったり、お参りするのも楽しい。

 

今、僕は旅館のロビーで、風呂上がりに一人缶チューハイを飲みながら、この文章を書いている。

 

申し分なく、幸せだ。

 

可愛い子供ができて、少し駅から遠いけど家も買った。

全てが完璧では無いけど、振り返ればなかなかのもんだと思う。

陽明門の逆さバシラじゃ無いけど、完全は良くない。

 

そう考えると、僕は恵まれたことに、生活にめちゃめちゃ困窮しているわけでもないし、欲しいものは大体揃っている。

原籍の仕事も、病むほど大変な訳ではない。

 

そこそこ給料もらえて、そこそこ社会的にも評価されて、そこそこ楽しい仕事だったら、それは僕に取っての正解かもしれない。

 

僕は社会人になる頃、家業を継がなかったことで、それをしなかった代わりに、何か大きな事をしたい、真逆の事をしたいと思った。

家業は、ローカルの小さなコミュニティで、あまりクリエイティブではないものだったので、その真逆。

日本に影響を与えるクリエイティブな仕事がしたい、と本当に思っていた。

 

敬愛する小室哲哉のような、やがては自身のバイネームで食べていける仕事がしたい。

 

そんなこんなでクリエイティブ業界かつベンチャー企業に入ったけど、現実の多忙さと中小企業ならではの不安定さに嫌気がさし、いつしか自分は大企業に憧れるようになった。

クリエイティブな仕事は、事業主が決めるもの。

そんな思いもあって、大企業の事業会社のクリエイティブな部署に行きたいと思っていた。

 

けど、実は今、そこにいる。

 

家業への反発や、メインストリームに対する抵抗、リア充への嫉妬・・・

そんなこんなのコンプレックス、ルサンチマンが辿り着いた果てが、今。

当初思い描いていた場所と全然違う。

 

僕はなんとなく運命論者的な傾向があり、今自分がここにいる理由は、ここに来る必要性があったからだと思っている。

僕は、不完全な物が好きで、必ず何か欠点がある事を良しとする。

何故ならば、完璧な人は居ない訳で、完璧でないものが分かると安心するし、じゃそれ以外は完璧なんだろうと信頼できるからだ。

でも、そんな欠点なんて、自分でコントロールできない。

欠点を全力でカバーしようとする過程に、人の成長がある。

 

だから、欠点が好きだし、誰しもが欠点を抱えて生まれてきたと信じている。

 

話が大きく逸れたんですが、要は何が言いたかったかというと。

やっかみだとか、不甲斐なさだとか、ストレスだとかもあるけれど、適度に楽しい。

 

このバランスは、良しとすべきではと。

 

何が楽しいのか?

どうすればストレス発散できるのか?

仕事でやってみたいことは何か?

 

幸い、お金はそこまで心配してないから、能天気にやれば良い。

 

大切なのは、子どもと嫁。

それから自分の楽しいことを、楽しめること。

 

それを念頭に、後は全力で今を生きる。

ただそれだけだ。

自由時間の後は、いつも寂しい

ああ、ゴールデンウィークが終わってしまう。

10連休という未曽有の長期休暇が、終わってしまう。

 

思えば、いつも自由時間の後は寂しさだけが残った。

学生時代の夏休みや、そもそもの大学生の終わりもそうだった。

最後になって、やりたいこと、やるべきことは何だったんだろうといつも顧みる。

 

そんな記憶が根深く残っているからなのか、長期休暇が始まると不安でしょうがない。

今回も何故か4日目くらいからブルーになってしまった。

 

これまでの長期休暇は、それはもうぎっしりと計画を立てて、遊び倒した。

その休みの期間で、何かを残さないといけないと思っていた。

曲を作る、旅行に行く、アニメを全話見る・・・など。

 

だけど、今回は違う。何も予定を立てず、何も考えず過ごした。

というか、子供が小さすぎて何もできなかった。

何も作らなかったし、どこにも遠出しなかった。

だから、今回の休みは仕事がずっと延長しているような感じがあった。

あまりリラックスした時間はできなかった。

 

けど、振り返ってみて、ひとつ確実に思ったことがある。

それは、自分の人生は子どもの人生であり、自分は子どものために働くのだということだ。

 

もはや、自分の時間なんてプライベートではほとんど無い。

自分が楽しむときは、基本的には子どもと楽しむ時だ。

 

何故、仕事をするのか?という問いへの回答を考えてみる。

 

①仕事は、毎日やってきて、それを処理しなければいけないから。

それを処理しなければ誰かに迷惑がかかる。その正義感や責任感で仕事をしている。

自分が新しい知識を身に着けようとするのは、それを誰かに求められているからだ。

その責任感を全うし続けること=仕事

※しかも、それが結構自分的に気持ち良かったりする。

 

②仕事は、社会との繋がりだから。

仕事がないと、人との出会いもない。

人との出会い、関係作りが楽しいから仕事をしている。

 

③仕事は、生活をするために必要なことだから。

自分を定義づけるアイデンティティの一つでもある。

仕事は、自分という価値を社会に還元してお金を得る過程。

 

じゃあ、仕事をする上で①の責任が無くなれば、仕事しなくて良いの?というと、多分仕事をする。

③の理由が大前提にあって、②が十分条件、仕事を始めれば①は必ず付いてくる。

 

つまり、仕事をする理由は、どう考えても

自分自身が資本主義社会の中で生きていくため

=自分と子ども、家族を養うために働く のだと思う。

 

そう考えていくと、悲しいかなどうしても

これからの人生、自分の自由時間はほぼ無くなる。

仕事をする時間も無尽蔵ではなくなる。

何故なら、僕の時間は家族や部下などパブリックな時間になるからだ。

 

だから、自分の時間をいかに使うか。

どう効率的に作業をするか、勉強するか、遊ぶか、リラックスするか。

 

これが分かっただけでも、今回のGWの価値はあるのだと思う!

@近所の公園にて

令和

もうすぐ新しい元号になる。

年越しと同じようなムードになっているんだけど、正直、毎回思うのは、別に年号が・元号が変わっても毎日は変わらないということ。

変わった瞬間に、自分にも変化が起きて急に勉強熱心になるとか。

そんなのあり得ない。

 

けど、やっぱり気にしてしまうのが自分。

浮かれてスクランブル交差点に行ったりまではしないけど、でも年越し・元号越しは立ち合いたい人。

嫁はすでに寝てしまってるけど、一応僕は立ち合いたい。

 

時代の変化で僕が如実に感じたのは、1995年・1996年くらいだったと思う。

当時は多感な時期だったし、見るもの・聞くもの全てが新しかった。

でも、それ以降、すごく時代が動いた実感は無いまま、今に来ている。

多分、僕が思うに、あの時のような大きな変化は、今後ないだろうと思う。自分にとっては。

 

自分も感受性が鈍くなり、アンテナも狭くなり、行動力も無くなった。

だから、あの頃のような衝撃はこれからもないだろう。

そんなことを思うと、急に悲しくなってきた。

 

けど、人によっては、過ごした時代を、経験した変化を愛おしく思いつづける人もいる。

昔、小学生の頃とかに、時代がそこで止まってしまってる大人を見てなんだかかわいそうな気分になってたけど。

んで、その大人が若い頃の話とかして、いまだに自分がそんなに時代遅れになってないそぶりなんかも見せたりして。

そんな大人はサブいと思ってたんだけど。

多分自分は、そんな大人になってるんだと思う。

今だに、自分が昔聴いた音楽や文化を愛でている。

 

平成は、僕だ。

と、いう人は多いだろう。というかほぼ皆そう思っているに違いない。(よほどの年寄りや子ども以外は)

だから、平成という時代の終わりを悲しむのだと思う。

 

嗚呼、ここまで書いてきて、平成が終わるのだと実感したら急に寂しくなってきたな。

 

でもね、新しいことをするしかないと思う。

今を面白く生きるためには、新しいことをするしかない。

 

僕はずっと、globeのsweet painという曲の一節

「いつの頃か好きなだけじゃ、物事が前に行かない」

というのを聞き間違えて

「いつの頃、が好きなだけじゃ、物事が前に行かない」

と勘違いしていて。

要は、昔に浸っているだけじゃ新しいこともできない、ということだと勘違いしてたんですが。

今となっては、この歌詞のまま勘違いしておこうと思ってる。

 

新しさって、なんだろう。

それは他己評価じゃなくて、自己評価であるべきだと思う。

僕にとって、新しいことをやり続けるんだ。

 

それが、令和の時代のモットーだ。

 

 

1ヶ月後の僕を思う

今日は、仙台で商談会があり、久々に9時半に家に着いた。

飲み会で少しご飯を食べたんだけど、一人飲み。

最近はこれが日課になっちゃってる。

 

人間は弱い生き物で、そばに誰かいないとすぐに寂しがり、何かを頼るようになってしまう。

僕の場合も、完全な寂しさからくるアルコール。

 

でも、こんな生活も、多分あと10日たらずで変わってしまうのだろう。

 

子供が、生まれてくる。

 

このインパクトたるや、凄まじい。

 

僕ら夫婦は、これまで単純に「仲の良い男女」の関係を保ってきた。

けど、これからは違う。

「子供を育てるという責任のもとに、二人は存在するべき」なのである。

 

だから、主語が違う。

 

でね、これがどう、自分の人生に影響してくるかは分からない。

 

今日、支店の人と話してて。

かたや、大学生の息子がいるから、あとちょっと!みたいな人もいれば、

自分はガキは作らないから夫婦で単身赴任がてら移り住んでる、みたいな人もいて。

 

子供のいない人生なんて退屈そのもの、

なんていう人もいるけど。

僕は、此の期に及んで、子供のいない人生も満喫できるんじゃないかと思ったりする。

要は、子供がいれば勿論新体験なんだけど。

子供がいなくて自由気ままな過ごし方なんて、子供がいればできないわけで、それもそれで新体験。

もっと言えば、生涯独身だって新体験。

離婚してシングルマザーでも新体験。

 

人生に貴賤はない。

なんてここまで書いてきて、あれ?一体なんの話題だっけ?と思ったら、子供が生まれてくる話だった。

 

正直、もう、どうして接して良いのか分からない。

あまのじゃくで、ひねくれ者で、人見知りでシャイな僕なので。

対面した時にどんな声をかけて、これからどう育てていいのか分からない。

しかも同性だから、さらにこそばゆい。

 

まぁ、こちらも、向こうも、もじもじしながら出てくるんだろうな。

それで、間を取りながら微妙に仲良くなって。

 

 

でも僕は、父としてこれだけはやっておきたいということもあって。

それもものすごくたくさんあって。

・何でもいいからスポーツした方がいい

・音楽は素晴らしい

・ご飯は一粒残さず食べる

・いただきます、ごちそうさまでしたは絶対

・脱ぎっぱなしはNG

とかね。

 

いずれにせよ、この大きな直面に差し掛かって、未だに実感ない。

 

 

Happy New Era

年末は10連休だったのにも関わらず、すごく忙しかった。

何故なら、1/4に引っ越しだったからだ。

 

12/28-12/30は妻の実家の高崎に、12/31-1/2は実家の福岡に、で、帰って来て引っ越し。

もちろん、それぞれの実家ではゆっくりできたんだけど、ゆっくりできないんですよね。結局。

向こうは向こうで、話したいことがあるし、こっちも暇は嫌だからなんかしたくなっちゃうし。

結局、休みなのにあくせくして、あんまし気が休まらないまま、引っ越しへ。

荷造り・荷ほどき・近所挨拶、色々あって結局、ほぼ1/4-1/6は休めず。

そのまま仕事で、今週末だったんだけど。

 

なんか、前の住所にいた時は完全に生活のパターンというか、自分の気持ちの良いゾーンを知り尽くしてたから、そんな完成された状況から一気にゼロスタートいうのはなかなか精神的にも休まらず。

とにかく、一刻も早く新しい土地で自分の居場所、というか気持ちの良いゾーンを見つけ出そうと四苦八苦してるわけです。

 

やっぱり、自分はなんだかんだ言って保守的で。

すぐに心がざわついてしまうから、なるべく日常は自分の心に波風を立てたくない。

 

極力プライベートからイレギュラーを排除しようとしていて。

着るものも、行く場所も、食べる場所も、なんとなく自分の安心感があるところ。

 

だから、まずはそれを一刻も早く確立したいわけです。

 

まぁ、そんなこと言っても、ここは終の住処。

一軒家を買ってしまったわけなので。

 

ぶっちゃけ、未だにあまり実感がないんだよなぁ。

中学から家を出て、あんまし定住したことがないから、なおさら実感がない。

けど、個人的には、終の住処に資する物件を買ったつもりだし、結構人に自慢できる建物だと思うし、初めての土地だけどなんとなく愛着も湧きそうな気がする。

 

住めば都。と言うけれど。

だったらどこでもいいの?というと、そういう訳でもない訳で。

打算も計算も何もなく、直感だけだったけど。

 

家を買う時は、何千万ものお金を払うし、その後ベッド買って、住設買って、車買ってなんてやってると金銭感覚が狂ってしまう。

日頃、10円の差額で飲料を買うのをケチってしまうのに、この場面ではやたらと気が大きくなるのか、想像力が働いていないのか。

いずれにせよ、大金をはたく時の思い切りというか、緊張感は全くなかった。

むしろ、これまで賃貸で家賃をドブに捨ててたものが、ようやく生きた金に変わるとか思ったくらい。

 

家を買った高揚感も無かったし、後悔や不安も無かった。

 

妻が妊娠して、実家が高崎で、今の賃貸(借り上げ社宅)の家が1年後には5万円負担増になって、とかもうタイミング的に今しかなかったので、必然的に決めるしかなった。

そこは結構、自分でもドライなんだなぁと、今気づいた。

理詰めで考えてすんなり決まった好パターン。

正直、結果は分からないけど、まぁ良いんじゃなかろうか。

 

色々後悔することもあるかもしれないけど、家なんてそんなもんでしょう。

じゃなきゃ、みんな都会や駅近くに住むよ。

皆、ここに住んでる理由がある。

僕はここに住む理由が、何かある。はず。

Kitaurawa era

思い返せば、上京して18年が経った。

12歳までを福岡で過ごし、6年間を鹿児島、その後結局一番長く過ごしているのが、この東京になってしまった。

そして上京して、7回目の引越し。

ついに、さいたまに居を構える事になった。

 

2001-2002 Denenchofu

上京して、確か7万円ちょいの家賃のワンルーム。一軒家の3階を間借りしたような部屋。

屋根が斜めっていて、床が絨毯。今でも詳細にその作りを思い出す。

腐ってたなぁ・・・

家の目の前のローソンで、なけなしの金でタバコ買ってたな。

 

2002-2006 Ohokayama

9万円のワンルーム。鉄筋でオートロック付き。2階だけど1階という作り。

とある宗教に追い回されてたからセキュリティ重視。

この時も好き勝手やってたな。

ベランダがなくて、備え付けの乾燥機使ってたから電気代が半端なかった。

 

2006-2010 Hatagaya 

家賃8万5千円程度で、鉄筋のワンルーム。確か3階。

社会人で最も楽しかった時期。

会社の先輩や、どこかでナンパした女の子なんかが来ていた。

なぜかこの部屋も絨毯だった。細長い部屋だったな。

 

2010-2012 Matsubara-Danchi

家賃5万円ちょいの木造ワンルーム。2階。目の前がリンガーハット

会社の上司の勧めで、埼玉県へ。

この時、本当に金が無かったから、家賃を下げればこんなに楽になるとは思ってなかった。

そしてこの埼玉ののんびりした雰囲気が好きになった。

近所の公民館で、ボランティアで塾をやったりして。精神的な安定はこの頃からかもしれない。

 

2012-2014 Urawa

家賃12万ちょい、1LDK。3階。

結婚して初の住処も埼玉にした。

嫁の実家に少しでも近く、草加に通う用事もあり、治安もそこそこ良いということでここしか選択肢が無かった。

パルコのすぐ裏で、広々とした雰囲気が好きだった。

 

2014-2018 Kaminoge

家賃15万だけど会社補助で10万。1LDK、3階。

転職に伴い移転。通勤のしやすさから大井町線で探した結果たどり着いた。

住んでみて、二子玉も自由が丘も近いし、多摩川駒沢公園九品仏も近いし、良い銭湯や美味しいお店もあるし。

住むには本当に最高の場所だった。

けど、周りは高級車ばっかりだし、やっぱり少しでも嫁の実家に近い方が良かった。

 

2019- Kitaurawa

家を購入。

徒歩16分のため非常に懸念しているが、周りの雰囲気はとても良い。

どうなるかな・・・

 

先のことなんて考えたって仕方ないんだけど

子供が生まれるのと、同じタイミングで家を買おうと思っている。

これまで散々探してきたけど、なかなか見つからなかった家。

今のタイミングでひょっこり出てきてしまった。

 

35年ローンを組む、となると否が応でも色々考えてしまう。

あと35年後は、僕は71歳だ。

それまでおそらく住み続けるであろう家。

大金を払って買う家だけど、お金のことは、実はあまり実感がない。

どうせ家賃を払い続けるわけだし、生きていく以上はしょうがない。

 

それよりも、それだけ働き続けないといけないかもしれないことの方が怖い。

働き続けるのは良いんだけど、馬車馬のようにこき使われながら、日々プレッシャーを感じて生きるのが耐えられるのか。

今は、いつか抜け出せる日が来ると思って、がむしゃらに頑張ることもできるんだけど、どこかで緊張の糸が切れて、そんな頑張りが効かなくなる日が来るかもしれない。

 

アスリートが現役を引退するような、そんな日が、サラリーマンの僕にも来るかもしれなくて、それが実は55歳くらいかもしれない。

この前の健康診断で、肝機能と中性脂肪でB判定が出てたけど。

僕が体を壊したら、本当にやばい。家族が路頭に迷う。けど、お酒は飲みたい。

 

そんなことを考えつつ、今の仕事についてもふと思う。

 

この前、サウナに入ってたら隣の人たちが、どこかのネットショップの運営か何かをやってる人みたいで。

休日の昼間なのに、嬉々として仕事のことを話し込んでいた。

本当に、仕事が好きなんだろうなと思う。

IT系の人達って、なんか羨ましい。

 

僕は、思い返せば最初の会社が一番好きだったかもしれない。

メインストリートじゃなくて、サブカルチャーな感じが、当時のインターネット業界にはあって。

大学も出てないけど、めちゃくちゃ凄い技術を持ったデザイナーがいて。

なんでそんな技術があるのか?と聞くと、独学で勉強した。とか。

そもそも、デザイナーやる前は、合法ハーブの販売やってました。とか。

僕も、まともに就職できなかったクチなので。

勝手に、カウンターカルチャーだと思っていた。

 

そんなこんなで何回か転職して、綺麗に大企業のサラリーマンになってしまっているのだから面白い。

結局、王道って心地良いよねって。

バリバリ尖ったファッションを愛好していた奴が、子供できた途端にユニクロしか買ってないとか。

 

結局、何でこうなったんだろうって結果と原因は因果関係にあるわけで。

僕はずっとメインストリームに憧れていて、でも反発することでしかアイデンティティを示すことができなかった。

それが今では、上司の顔色をひたすら伺う日々である。

 

俺はつくづく、臆病者だ。